恨みと情熱 2

今回はだいぶ大きな発見があった。
大きな図式を発見。

 

最近、わたしは劣等感がすごく苦手だ、とやっと認識した。

 

劣等感、とレッテルを貼れたら少し、見つめられるようになった。

昔は怖くて速攻フタ!みたいな感じだったけど。

名前がついたら少し落ち着いてるわたし。

昔遊びで、大っ嫌いないも虫とナマコをイラストで描くようになった。

可愛く描いたり、喋らせたりして、大っ嫌いなものだけど、慣れていって、いつのまにか自分のベランダに本物のいも虫くんが居ても平気になりだして。

そう、初めは観察からだった。

観察していけば、嫌悪して、眉間にしわ寄せて見る、なんてしなくなるかも、と、劣等感を題材に、絵本を描いた。

 

ふと、この劣等感は、わたしの情熱のなさからくるのでは?と思った。

 

ちょうど、わたしの中で       お尻生命力ー情熱         がなんかキーワードとしてあった。

おかえり仙骨

 

驚いた。このわたしが?情熱の塊のようだったわたしが?
情熱がない?だと〜?!みたいな。

 

でも、そうだった。

いろんなこと、思い当たること、沢山あった。

でも、全くなんでだかわからない。

わからないまま数日が過ぎて、あるきっかけで、わたしの中にあった「恨み」を思い出す。
恨み、っていう認識がなかったなぁ。でも、何年もかけてそれは恨みになった。

 

こわい。

 

でも、これが恨みになってしまったわけは、
わたしが、あの時、わたしの味方を最後までしなかった、諦めてしまったことが原因だった。

アイツの全てを奪ってやる!とか、あいつが全てを失えばいい!とか、いろいろ想像してみた。どうしたら、わたしスッキリ満たされた気持ちになれるかな?って。

 

そしたら、あいつに仕返し!!じゃあ全く救われないことがわかった。

 

アイツじゃない、アイツが問題じゃない。あの時のわたしを救いに行かなきゃいけないんだ。

そっか!

わたしを助けてやろう!

そうこう行動してたら、なんかいい感じ。

いつもやりたくない、と思ってたことが、難なく出来る。

びっくりした。

やりたいこと、やるべきこと、が明確で、

かつそれに対して惜しげなく与えられるような気がした。今なら。

いくらでも、自分を砕いていける気がする。

(でも、喧嘩の時みたいに、問題発生時、危機状態、は、割といつもワクワクする性質はあります。)

 

 

あの劣等感は置いてけぼりにされた「わたし」だった。

消されたわたしの情熱、だった。

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