恨みと情熱 まとめ 3

恨みと情熱2 のまとめ

 

今回すっごい図式を発見したなぁ、って思ったポイントは、

 

結局、わたしは恨みを思い出さなければ、わたしの情熱も思い出せなかった。

「恨み」が道しるべ、だった。

わたしが忘れた恨みや、情けなさや、弱さや、惨めさ、怒り、

なんでもそういう   いかにも「押入れ」に隠しておきたいような物って、本当はわたしの道しるべなんじゃないかしら?

 

自分に欠けてる物は無くて、全て持ってる。ただ忘れてるだけ。

だから、思い出すだけってよく言うけど、ほんとだ〜!!と思った。本当に忘れてた!

 

なんか、ありったけのそういう自分のネガティブな物、見つけて消化しては、忘れてた自分思い出したい。

 

どんなわたしになるかしら。見たい。

 

 

その恨みがわたしの情熱をどう奪ったか、と言うと

1、全力でやった、でも全く評価も対価ももらえなかった。

2、ただすり減り、疲れる

3、そこで自分の味方をせず、わたしの実力じゃ何言ってもダメだし、多分わかってもらえない、と諦めた。

4、結果、全力でやることをやめた。すり減ったり疲れるわたしを、そう言う形でしか、守ることができなかった。

5、いつのまにかわたしの中で、全力でやろうとすると、嫌悪感が生まれる。

 

全く自覚なし。頭で考えて、じゃ無くて、完璧オートマチックだった。

 

その時は自分を守るためだった。よな〜。

 

そうやって抱いた「不安」や「恨み」や「情けなさ」や「弱さ」

なんでもそういうものは、まんま、わたしの可能性なんだ。

沢山ある。そういうのが、そのまんまわたしの階段なんだ。

人生、登りづらいなぁって思った時、押入れにいるアイツらを思い出せば、

それがわたしを手伝ってくれる。引き上げてくれる。

すごい発見!自分で言っちゃうけど、すごいよ、これ。そういうことか!

 

 

 

 

「病気が教えてくれる、病気の治し方」という本で

不安、は今の世界が窮屈な証拠。

不安を手放すためには自分の領域を広げなくてはいけない。

拡張だ。

そして拡張していくべき方向は自分の嫌い、が目印になる。

 

みたいな文章があるんですが、

その嫌いなことも、昔は自分が好きなこと、だった

かもしれない、があるんだな。びっくりした。

 

生まれた時から嫌い、だけじゃなくて、色んな理由で、好きが嫌いになるってことがあるだな。

 

窮屈になってる自分を解放するのに、

嫌いの方向に世界を広げるっていうのは、

自分の好きを思い出すことでもある、なんて、

なんてドラマチックなんだ!この世は、と思いました。

 

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