はじまりの終わり、情けないわたしを活かす研究

今日は9月30日。

朝から息が苦しいほどに、眠い。

呼吸できないほどに、眠い。

ミスター(患者さん)が朝一で来る前に、キタミーに胸に手を当ててもらう。

 

気持ちいい。

自分でもできるんだけど、やってもらう方がもっと気持ちいい。

 

で、出てきたものは意外だった。

寂しさ、猜疑心、夜に子どもひとりぼっち、唇噛み締めて、まだ泣けない、頑張る、みたいな。キーワードたち。

 

寂しさ、は最近なんか考えててたから、わかる。

でも、他がピンとこない。

でも気持ちいいから、なんでもいい。

それに、キタミーがわたしに触れてそう言うんだから、間違いない。

 

しばらくして、あ!!あれだわ。と思い出す。

 

ある人とのやり取りのこと。

でも、あまり大きいことでもなくて

ちょっと寂しいし、あれわたし、空気読めなかったかな?大丈夫かな?って少し気にしていたことを思い出す。

でも、とても小さい声だったから。他にやりたいことあったから、気にしてなかった。

 

きっと、それだ。珍しく小さいけど、気にしてるなって引っかかっていた。

 

それで、わたしの脳みそに検索がかかり、興味深いことがわかった。

わかってしまった。

 

昔から同じような出来事、シチュエーションで、ふぇーん、となっていること、を必死で隠している、のを思い出す。

 

これがすごい恥ずかしい。わたしにとっては。

情けなくて、惨めだから、なんか。

 

キーは

よそん家

よその子

肩身の狭さ

遠慮

 

これが揃うとすごいさみしくなる。

けど、しょうがないことなんだから、と頑張るわたし。

 

例えば、

小さい頃にイトコん家にお泊り。親なしで。

おじさんに「泊まってくんだから、掃除でもしてもらおうかな」

と言われて、しばらくこのおじさんは嫌いだった。

親がいなくて立場が弱い。

でも、気にしていたのはわたしだけ。ヤスとケンは平気で楽しく過ごしてた。

 

チャーコのスペインの実家に1カ月帰った時。

2週間ぐらいで、ものすごい吐き気と下痢に襲われて、メンタルもやられて。

自分が外国人で、言葉もわからない劣等感で結果こうなった。

 

 

この前、夫の実家にお世話になった夏休みも。

ちらっと出た。

当たり前なんだけど、とても辛い感覚。

 

「わたし(たち)もおんなじように愛して欲しい。」

 

恥ずかしい。

大人なのに。

当たり前なのに。

 

 

今回、これを発見して、驚いた。

点と点だったわたしのバラバラの思い出が、あるキーワードで検索すると、ひとつの線になった。

 

それはわたしという人間を浮き彫りにする、線だ。

 

変えられるかもしれないけど、今はどっちかというと、この性質を研究したい。

 

この夏にこれを感じた時は、変わりたかったけど、

 

これが人生を通して、わたしの課題で、わたしの性質なら、活かしたい。

面白がってあげたい。

 

で、まずは、

あの時、閉じ込めた、寂しくて情けない、惨めな気持ちを存分に味わおう。

置いてけぼりにした、あの時の「わたし」を迎えに行ってやろう。

でなきゃ、はじまらないぜ。

 

2ndシーズンへ突入だ。

循環を大きくする ースタート、終わり。

 

台風でまる裸にされる前の。

ちっきしょー!!

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